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僕の懐かしい、思い出。

井上揚水の『少年時代』を聴くと必ず思い出すのが、「川での遊びです」。 僕が育った田舎には、名もない小さな川が流れておりまして“遊び”と言えば川か山、たまに海といった感じでした。
フナの写真
メインで遊ぶのは、この“川”です。
それも夏の暑い季節になると、川には入って泳ぎと一緒に川魚を捕って遊ぶ。

僕の生まれ育った鹿児島の河川は、野田智祐さんが結構本とかで紹介していますが、沢山の川遊びがありました。その中でも一番楽しいのが、【川魚の手掴み】です。

関東の川に入って思ったのは、水が冷たいと言う事でした。これにはビックリで、よくテレビとかで川遊びしている風景を流していましたが、こんなに冷たくてよく遊べるなぁ〜と感心しました。
川の下流から上流に向かって沢登り的なことをしながら、フナやモロコ(鹿児島弁でモッゴロ)、アブラハヤ(鹿児島弁:ブラメッチョン)、アカヒラ(東京弁で何というか知りません)、ゴモンチャン(同じく)たまには鯉等を手づかみにしながら登っていくのです。

出で立ちは、“トトロ”に出てきた田舎少年そのままです。違うのは腰に網をぶら下げていること、これは捕まえた魚を即座に入れるため。 いたってこのスタイルは、“小物用”です。それは当然子供の手でも捕まえられるサイズの魚だから…笑。
少年のイラスト
下流の方から少しずつ登っていくのですが、登っていく際に川の土手や石の下に手を入れて、潜んでいる魚を手掴みにするのです。
川岸に生えている草や竹藪にの根が、川の中で浸っている所が、一番の魚の隠れ家です。
そぉ〜と両手を水の下から入れて、潜んでいると思われるところまで手を伸ばします。その時魚は、必ず流れに対して頭を向けていますから、頭の方から微妙に先に手を入れていく。魚は、当然後ろ向きには進めないので、前に行くしかない。先に入れた流れの早い方の手を待ちにして、尻尾の方の手を動かしていきます。
だいたい寝ているか潜んでいる魚は、動きません。そのまま簡単に捕まえることが出来ます。(笑)

・コツは、簡単です。 頭の方を先に口の部分を握るように持って行き、その後すぐに尻尾の部分を握ります。
魚って、頭と尻尾を握られたらどうしても動くことが出来ません。そのまま腰の網のところまで持っていって入れるだけです。
大型の魚になると子供では、持ちきれないのでエラの下の部分に指を入れてつかみます。
こういう掴み方をするともう魚はどうすることも出来ず、網にはいるだけです。

・石の下に隠れている魚も同様にして捕まえます。
大きな石だと凄く奥まで手を伸ばさなくてはいけないので、僕には大変でした。
小さな石は、コロッと転がしてみると小さな魚がビックリして少し躊躇したような感じがあります。その時を狙って捕まえます。 オシドリ 僕の育った川には、番いのオシドリが(おしどり夫婦)いました。本当に綺麗な鳥で、ビックリさせないように眺めていました。鳥の仲間もいろいろ豊富に生息していました。サギやカケスの仲間、四十ガラやモズの仲間達など。
今考えるとかなり自然に恵まれた環境で育ちました。

さて、川魚の掴み取りで注意しなければならないのは、何と言っても蛇です。それもマムシ。アオダイショウや普通の蛇は怖くないですが、マムシだけは怖くてしょうがなかったです。こいつに咬まれると指は落とさなきゃいけない…(いつもオヤジにそう言われていました)。足を咬まれたら、足を落とす…。恐怖で一杯です。

一度川に潜って水面に出てきたら、目の前をマムシが泳いでいて、ビックリして(お互い)急いでもう一度川の底に潜ったのを覚えています。

魚を捕るイラスト
だいたいの所で、魚が一杯になると家に持ち帰り、後は母にバトンタッチ。捕れた魚を、料理してくれました。
親父が好きで僕が嫌いだったのが、「煮魚」でした。
川魚を煮ると海の魚と違いだいたい白身で、柔らかく歯ごたえが無い。おまけに小骨が多い…。少年時代の僕はこれが苦手で、イヤでした。一番好きな物は、やはり揚げてフライにしてもらうこと。(今は、随分とオヤジになったので煮魚の方がいいかな…笑)

こんな素敵な話は、僕が東京に出てきた頃までのお話です。
今から二十年も前の話。

残念なことに今では、そのようなことは出来ないそうです。
上流にある養鶏場から流れてくる汚泥や科学物質で川は汚染され、もう川エビも川ガニ(鹿児島弁でガネ)も本当に見かけることが少なくなったようです。
淋しい限りです。出来る時(工事の噂)にあんなに反対運動したのに(子供達で)…
結局行政というモノは、【袖の下】や【利 権】と言ったものに負けてしまったのでしょう。
大人というモノは、いつでも嘘つきだった。いま大人になった自分が強くそう思う。
いつの時代でも同じ。
上流にある養鶏場と言えば、東京(都市)アタリでは【自然豊かな陽の下で育ちはぐくまれた鶏肉や卵】といったフレーズで売られています。
知らないのは一般ピープルだけ…。


●こんな事数えればきりがない…。日本全国同じような事例で一杯の筈だ。
僕等は、そんな中で暮らしている。(改めて問題視するのもおかしいぐらいだ!)

●何年か前に帰郷した時、懐かしくて川に行き「手掴み」で魚を捕っていると、子供達がやってきて「おじちゃん凄いよ!」と拍手喝采だった。僕も得意満面で、「こうやってやるんだよ」と教えると…、
子供達が云う事には、「親に川には行って遊ぶな」と言われているらしい…。急に興ざめしてしまい…。
『川遊びぐらい良いじゃねぇかよ!』と腹立たしく思ったけれど、どこかで“そうかもしれない”とも思った。
たった二十数年でこんなに変わるのだろうか?・・・

そうかもしれない。人は、
つい六十年前は、『天皇万歳!』と言って公然と若者が死に。
その六十年数前は、『親の敵!』と言って公然と若者が死んでいった。
今の僕たちは、『何!』に対して、命を捨てるのだろう?

・・・・・たった二十数年で変わるのもしょうがないのかも


●だから言いたい、戦争を体験したおじいさんやおばあさんのように、僕等は知らないけど、そうだったに違いない話として、「凄くキレイだったんですよ!川って!」

次は、ウナギ取りとガネ(川ガニ)取りのお話でもしよう。


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