この釣りの難しさっていろいろあるけれど、何よりも【その方向性】が僕にとっては、一番気になるところだ。僕は、ヘボなりに良い方向へ行ったと、この頃やっと思えるようになった。『何がよい方向だ』というと…誰が見ても良いことというのはご多分にもれずないのだけれど、この「ヘチ釣り」を永く愛していける方向へ行ってるとおもう。
それは「釣果主義」でもなく「技に溺れる」でもなく「講釈に固まる」こともなく「よそ見をする」わけでもない。自然と真摯にこの釣りと向かい合い、この釣りを愉しむ。事が出来るようになったと言うことだ。
有名人は、その高名故に釣果に走り、立ち禁や人の入れない場所にわざわざ行ってやっと釣果上げ、それを誇ったり。釣果がともなわずに講釈に走ったり、技術論に終始する。といったような事が多い。
これは大体、釣り師が成長過程にあって誰でも陥ることなのだけれど。陥ったままの人も多い。
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何を言いたいかというと、成長段階にあるヘチ師が安易な世界に行き釣果を得、その世界から脱出することの出来ないことが大きな問題だということを言いたいのだ。
僕もそうだったけれど、変なスタイルに陥ると抜け出るのに非常に時間がかかる。
例えば、「たまたま地底で待っていたら釣れた。」それはそれは嬉しいに決まっている。その人は、また地底狙いで黒鯛を待っている。それ以外の釣りをあまりしなくなるという変なスタイルに陥ってしまう。たかだか趣味だから良いじゃないかということもあるけれど、この釣りの深さや味わいの広さを考えると淋しいものが大いにある。
「たまたま地底で釣れた。」ことから結構離れづらくなる。良質な先輩や師匠、釣り仲間がいると修正してくれたりする。有り難いことだ。しかしまわりが「たまたま派」だったら、そのまま折角のヘチ釣りの面白さを知らずに時間を過ごしていくことになる。
僕の場合、いろいろと回り道をしたけれど、今では修正してくれる釣り仲間がいるので、有り難いことだと本当に思う。いろんなスタイルの方々がいて、それぞれがそれなりの方向へ個性として向かっている。しかし一緒に釣りをしたりする場合は、そのスタイルや姿勢を指摘してくれる。
どれが一番良い釣り方というのがあるわけでもない。けれど、「地底釣り」「待ち釣り」「変わった場所でのリスクの多い釣り」などを見たり聞いたりしていると『勿体ないな』と思うのだ。
たかだか趣味だから良いのだろうけれど・・『勿体ないな』と。
一度はまったら抜け出るのに時間がかかるから余計にそう思う。